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フタバで未来を創る

岡田 綾菜さん

Q.2011年3月11日の東日本大震災発災当時の様子を教えてください
私は当時5歳で幼稚園が終わり、自宅でテレビを見ていました。これまで感じたことの無い大きな揺れに驚き、泣きながら母に抱きかかえられ、自宅裏の広い場所へ避難しました。発災時は幼かったですが今でも忘れられません。


Q.震災発災後の生活は変わりましたか?
しばらくは大変な期間が続きました。原発から離れなければならないため、自宅から約40km離れた町に車で避難し、そのまま2日間を車中で過ごしました。その後、親戚を頼り宮城県へ避難し福島に戻れたのは1年後でした。


Q.震災を経験してから大人になりいよいよ就職ですが浅野撚糸を知るきっかけは?
進路を考える上で、地元就職にこだわりました。震災を経験していた私にとって、地元に残ることは一つのプライドでもありました。やりたいことがありすぎ、悩んでいた時に高校の先生から浅野撚糸を紹介されました。


Q.震災を経験してから大人になりいよいよ就職ですが浅野撚糸を知るきっかけは?
進路を考える上で、地元就職にこだわりました。震災を経験していた私にとって、地元に残ることは一つのプライドでもありました。やりたいことがありすぎ、悩んでいた時に高校の先生から浅野撚糸を紹介されました。


Q.入社を決めた理由を教えてください
先生からの後押しもあり、学校内で行なわれる企業説明会に浅野撚糸の方が来ていたので「まずは話しを聞いてみよう」と思い参加しました。
プレゼンを聞き「ここしかない!」と思いました。タオルショップでの販売・カフェでの接 客・工場での製造・企画など、様々なことに関われると聞き、この会社に賭けてみたいと感じました。
説明会の後に職場見学に行き、雰囲気の良さに惹かれ入社を決めました。


Q.被災地である双葉町で働くことへの抵抗はありましたか?
「入社したい」という想いは強かったですが、やはり原発が怖いというのはありました。1年近く避難をした原因の一つが目と鼻の先にあることに、抵抗が無かったわけではありません。ただ、それ以上に故郷の力になりたいという気持ちが強く、考えるよりも行動した方が後悔をしないだろうと思い、やりたいことを優先しました。


Q.この町の復興に関わることについて
双葉町はこれから徐々にインフラ整備がされていくため、企業や住民の数は多くありません。
だからこそ、私たちのような若い世代がこうした環境下で働く姿を見てもらいたいです。
「この町は明るい」「これから希望が持てる」と思ってもらえるように、私たちがここで働きながら発信をしていくことが、この町の復興に関わることだと思っています。


Q.最後に施設へ来ていただく方へ
双葉町の方はもちろん、震災を知らない人にも来てもらいたいです。気軽に来てもらい館内や働くスタッフの姿を見てもらい、この町の明るさとこれからを感じてほしいです。私たちはこの町と共に成長していきます。
Q.実際に働いてみての感想
良い意味でイメージと違いました。1年目は下積みで雑用ばかり、残業も多いのは覚悟していたのですが驚くほどホワイトでした。
もちろんやるべき時は全員で力を合わせてやっていますが 笑
ショップ店員としてだけでなく、団体のお客様の案内係を任せてもらい1か月に150名前後の方々をご案内、中には国や県、企業の方もいらっしゃり入社1年目とは考えられない大役を任せてもらっています。
最近ではカフェの新メニュー考案にも参加し、主担当として食材の交渉もやらせてもらっています。年齢の近い優しい先輩がいるので安心して働けます。


Q.最後に施設へ来ていただく方へ
双葉町の方はもちろん、震災を知らない人にも来てもらいたいです。気軽に来てもらい館内や働くスタッフの姿を見てもらい、この町の明るさとこれからを感じてほしいです。私たちはこの町と共に成長していきます。

岡田 綾菜
Okada Riona
挑戦したいことが沢山あるからこそ後悔の無いようにしたい。
夢や希望を実現できるフィールドに
感じた魅力と可能性を信じて。
Profile
2005年8月生まれ、南相馬市出身
2024年、地元高校を卒業後、浅野撚糸に入社。
販売部門に配属され、ショップスタッフとして勤務し、
団体見学者のアテンドなどマルチに活躍中。

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